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第五話 信息

Penulis: 春埜馨
last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-15 10:23:34

しばらくすると、卓の上に注文した料理が次々と運ばれてきた。

そこには|墨余穏《モーユーウェン》の好きな|羊肉串《ヤンロウチュアン》もやってくる。

「わぁ〜美味そう! |尊丸《ズンワン》和尚、食べてもいい?」

「どうぞ。たくさん食べなさい」

|尊丸《ズンワン》は穏やかな笑みを見せ、他の料理に手をつけながら、ここ十年で起きたこの町の出来事を面白おかしく話し始めた。

串屋の亭主は昔、大の犬嫌いだったのだが、好きな女子が犬好きだと知り、魔除けの呪符を身体中に貼り付けて犬嫌いを克服したとか、甘味処の女将さんと摩擦を起こしていた姑が亡くなり、女将さんの羽振りが良くなってお店は大繁盛。しかし、軒先で出している糖葫芦(タンフール)が何故か客の手に渡ると不味くなり、姑の呪いだとこの町では怪談話になっているそう。

そんなどうでもいい話を酒の肴にしていると、突然、外から酒楼の扉を勢いよく蹴り飛ばす音が店内に響き渡った。

客たちは皆、酔いが冷めたかのように騒然とする。

|墨余穏《モーユーウェン》も何事かと、扉の方に目を向けた。

「おい! 七人だ、中へ入れろ!」

黒と紫が混在した衣を着た輩たちが、続々と入ってくる。

|墨余穏《モーユーウェン》は、その中にいたある男を見た瞬間、眉間に皺を寄せた。あの因縁の相手、|鳥鴉盟《ウーヤーモン》の|青鳴天《チンミンティェン》だ!

|青鳴天《チンミンティェン》は|墨余穏《モーユーウェン》の存在に気づくことなく、傲慢な態度で案内された椅子にだらしなく腰掛けた。

この男のだらしなさは天下一品で、食べ方一つとっても下品だ。そんな男とここで変な争いを起こしたくないと思った|墨余穏《モーユーウェン》は、一つに結っていた髪を解き、垂れ下がる髪で顔を隠した。

異様な空気が漂う酒楼では、今まで派手に酒を煽っていた中年の男たちも、双六で盛り上がっていた若者たちも皆静まり、鳥鴉盟たちがいる席と一番端の対角線上にいる|墨余穏《モーユーウェン》は、鳥鴉盟たちが話す会話に耳をそばだてた。

「|青《チン》少主、明日本当に突入するのですか?」

「あぁ。この俺が何度も文を出しているというのに、応えようとしないからな」

|青鳴天《チンミンティェン》はそう言って酒を一気に煽る。恐らく|葉鈴美《イェリンメイ》の事だろうと、|墨余穏《モーユーウェン》は察した。

|青鳴天《チンミンティェン》は続ける。

「あの緑なんぞ、奴隷に過ぎん。とっとと我らの門派にひれ伏せればよいのだ。そしたら、あそこは俺たちの物になる。あの女も俺の物だ」

相変わらず、虫唾の走る男である。

よくもそんな、狆くしゃなその顔で言えたもんだと、|墨余穏《モーユーウェン》は酷く呆れた。

別の修士が|青鳴天《チンミンティェン》に尋ねる。

「|阿可《アーグァ》殿も来られるのですか?」

「あぁ。今こちらに向かっているだろう」

(|阿可《アーグァ》? 誰だ? 聞いたことないぞ……)

|墨余穏《モーユーウェン》は腕を組み、脳内にある記憶を辿ってみる。

しかし、どんなけ思い出そうとしても、そんな人物は浮き出てこなかった。

|墨余穏《モーユーウェン》は引き続き、耳を研ぎ澄ませる。

「明日の午の刻には突入できるだろう。お前たちはそれまでに、周辺を固めておけ! 他の門派の連中に邪魔されねーようにな!」

牛の刻と聞いた|墨余穏《モーユーウェン》は、そっと立ち上がり卓に多めの銭を置いて、|尊丸《ズンワン》と一緒に店を出た。

「|墨逸《モーイー》。これから……」

「うん。|尊丸《ズンワン》和尚。俺はこのまま、緑琉門へ向かう。俺の可愛い|弟《・》に手出されたら困るからね」

「本当に大丈夫なのかい……?」

|尊丸《ズンワン》は眉を八の字にしながら、気遣わしげな表情を見せる。

|墨余穏《モーユーウェン》は|尊丸《ズンワン》の肩を軽く触れ、「大丈夫、大丈夫」と宥めた。

そして、別れを惜しむかのように何度も振り向いてくる|尊丸《ズンワン》を見送り、|乗蹻術《じゃきょうじゅつ》を使って緑琉門へと急いだ。

緑琉門へ到着した|墨余穏《モーユーウェン》は息を切らしながら、また|葉風安《イェフォンアン》の住処に繋がる裏庭へと進む。鈴虫の音が幾分足音を掻き消してくれているが、それ以上音を立てず、そっと扉の外から声を掛けた。

「|風立《フォンリー》いるか?」

すると、|葉風安《イェフォンアン》が扉の横にある小窓からひょいと顔を出し、「こんな時間にどうしたの?」と尋ねた。

|墨余穏《モーユーウェン》は、誰もいないことを確認し、|葉風安《イェフォンアン》の顔を見るなり急き込むように話す。

「|風立《フォンリー》、いいかよく聞け。明日、|青鳴天《チンミンティェン》の奴らがここを襲撃しに来る。牛の刻までに、他の門派たちへ|神通符《ジンツウフ》を飛ばすんだ。俺がここにいると色々と面倒なことになる。近くの宿屋に身を潜めてるから、何かあれば俺にも神通符を飛ばせ」

「ちょ、ちょっと待って|墨逸《モーイー》兄。どういうこと? 襲撃って何? 風の噂ではそんな……」

|墨余穏《モーユーウェン》は、さっき酒楼で聞いていた|青鳴天《チンミンティェン》たちの会話を、そのまま伝えた。

それを聞いた|葉風安《イェフォンアン》は、ある人物の名前を聞くや否や、酷く動揺し始める。

「|阿可《アーグァ》……」

「知り合いなのか?」

|葉風安《イェフォンアン》は「知らないのか?」といった様子で、額に冷や汗を滲ませながら|墨余穏《モーユーウェン》に話し出した。

「そいつは三神寳を盗んだ突厥の一人だよ……。武術に優れ、最強と呼ばれている……。僕はとてもじゃないが勝てない……」

|葉風安《イェフォンアン》が、怯えてしまうのも仕方がない。あの三神寳を盗み、含蓄のある結界をいとも簡単に破壊してしまうような奴だ。

しかし、|墨余穏《モーユーウェン》違った。

最強と聞いて、鬱勃たる闘志が湧き起こる。

肩を落として俯く|葉風安《イェフォンアン》を前に、|墨余穏《モーユーウェン》は胸を張った。

「なぁ。お前の目の前にいる奴も、かつては最強と呼ばれていた男だぞ。忘れちまったのか?」

|葉風安《イェフォンアン》はハッと顔を上げ、鼻高々に得意気な顔を浮かべた|墨余穏《モーユーウェン》を見る。

口元を緩ませた|葉風安《イェフォンアン》は、目に安堵を浮かばせ、眉を開いた。

「じゃ、明日また来るからな。神通符だけは忘れるなよ!」

|墨余穏《モーユーウェン》はそう言い残し、裏庭にある塀を飛び越え、近くの宿屋へと向かった。

夜半の風が、|墨余穏《モーユーウェン》の頬を掠めていく。木々の間をすり抜け、開けた通りへ出るとすぐに宿屋が見えた。この宿屋は昔、|師玉寧《シーギョクニン》と一悶着した場所でもある。ふと懐かしむように、宿屋を見上げた。

今日の宿屋は運良く空きがあり、すんなりと部屋の中に入ることができた。

|墨余穏《モーユーウェン》は、寝ずに数十枚の呪符を書き溜め、卓の上に並べ始める。

妖魔や邪祟とは違い、明日の相手は人間だ。どんな最強の男なのかは分からないが、|墨余穏《モーユーウェン》は念には念を入れ、霊符である|呑服符《どんぷくふ》を酒と一緒に呑み込んだ。

呑服符は内丹を浄化し、邪気を祓う優れものである。

これを呑んでおけば簡単に死ぬことはないと言われている、古代からある仙術の一つだ。一息付いた|墨余穏《モーユーウェン》は、茶を啜りながら窓を開ける。すると心地良い風と共に、見覚えのある香りが漂ってくるではないか。

(……この香りは、水仙……)

|墨余穏《モーユーウェン》は窓の外へ身を乗り出し、辺りを見渡した。しかし、そこには誰もいない。

でも確かに、ほんのり甘い水仙の香りが、僅かに漂っている。

(|水仙玉君《スイセンギョククン》。これは|師玉寧《シーギョクニン》の香りだ……)

苦しくなるほど胸が高鳴り、|墨余穏《モーユーウェン》は咄嗟に窓を閉めた。会いたい気持ちと、会いたくない気持ちがぶつかり、あれだけ意気揚々としていた|墨余穏《モーユーウェン》の心を貧弱にさせる。

(|賢寧《シェンニン》兄……。次こそ、俺の顔を見て笑ってくれるだろうか。……んな訳ないか。|賢寧《シェンニン》兄はどうせ、すぐ俺から目線を外し、冷たく避けるようにどっかへ行ってしまうんだよな。あの黄玉のような澄んだ瞳に、俺はいつだって映らないんだ……)

自分で吐き出す深い闇のような溜め息に、|墨余穏《モーユーウェン》は、身体ごと飲み込まれそうになった。

卓の上で乾かして置いた呪符を一つに纏め、|墨余穏《モーユーウェン》は眠れば忘れると寝台へ転がり込む。

しかし、そこから一睡もできなくなったのは言うまでもない。

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